独断と偏見で選ぶ、かっこいい90年代の名作バッシュ【グラント・ヒル】

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ハイ皆さん、こんにちは
名作バッシュ紹介シリーズ。今日はグラント・ヒルでお送りします。
司会は私、Shoeremakeの中の人です。よろしくお願いします。

ってな訳で、まずはバッシュ紹介から行きます。

 

 

FILA Grant Hill 1

 

1stシグネチャーモデル。
当時ナイキが圧倒的人気の中、まさかのFILA
復刻版は名前がFila 95に変わってる。

FILA Grant Hill 2

 

 

2ndシグネチャーモデル。
復刻版は名前がFila 96に変わってる。
これに関してはグラント・ヒルってよりも2PACが履いてたって印象が強い。
確かAll Eyez On Meのアルバムだった気がする。

FILA Grant Hill 3

 

一番好きなモデル。
この頃のFILAのバッシュって丸っこいデザインが多い気がする。
これまた復刻版は名前がFila 97に変わってる。

FILA Grant Hill 4

 

オリジナルは1997年リリース。
そういえばあったなぁくらいの印象。
おにぎりみたいな感じが2に似てるきがしないでもない。

FILA Grant Hill 5

 

オリジナルは1998年リリース。
こんなのあった?って感じ。全く知らない。
だいぶデザインが変わったなーって印象。

 

グラント・ヒルをささっと紹介

父親のカルビン・ヒルは、アメフト選手(NFLのダラス・カウボーイズ。日大じゃない。)、母親は女子大でヒラリー・クリントンのルームメートだった。すごい家族
父親が引退した後、バージニア州レストンに移り住みデューク大学に進学し1991年と1992年の2年連続で優勝。1994年も準優勝を果たした。1993年はノースカロライナが優勝

1994年のNBAドラフトでデトロイト・ピストンズに1巡目3位で指名されて入団した。
ルーキーイヤーで才能を発揮させ、1年目に平均19.9得点、6.4リバウンド、5.0アシスト、1.8スティールの活躍を見せ、ジェイソン・キッドとともに新人王を同時受賞する。
また、このシーズンに出場したオールスターでは、シャキール・オニールを抑えてファン投票トップ当選を果たした。
新人がファン投票で1位を獲得したのは北米4大プロスポーツリーグ史上初めてだった。

その後のシーズンも得点、リバウンド、アシスト、ディフェンス全てで成績を残し、1996-97シーズンでは初めてオールNBA1stチームに選出されるなど超一流のプレーヤ―となった。

しかしチームはプレイオフを勝ち抜く事ができず、シーズン終了後にオーランド・マジックへと移籍する。
移籍後すぐに足首を骨折し、その後も足首の怪我に悩まされ続け、手術の繰り返しにより3シーズンでわずか47試合しか出場できなかった。
その後、ようやく復活かという時にヘルニアによって再び戦線離脱してしまう。

マジックからフェニックスサンズへと移籍したヒルは、全盛期のキレは失ってしまったが、センスと経験で5年連続2桁アベレージを残すなど活躍、またディフェンス面でも高い評価を受けた。

2012-13シーズンはロサンゼルス・クリッパーズでプレーし、シーズン終了後に引退を発表した。

チームのエースから、度重なる怪我で何度も引退の危機に陥ったが、根性で何度も復活した。努力家で人柄も良い彼は様々な人から愛され、NBAのスポーツマンシップ賞を3度も受賞している。
今年の3月に殿堂入りした。おめでとうございます!
引退後はNBA解説者としてシーズン中はほとんど毎日姿を見かける。

 

という訳で怪我に泣かされた天才、グラント・ヒルでした。

最後に彼の奥さんTAMIAの名曲で

Tamia – Officially Missing You (Official Video)

TAMIA可愛い。

それではまた次回をお楽しみに、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

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