BLOG

独断と偏見で選ぶ、かっこいい90年代の名作バッシュ【デニス・ロッドマン】

はい皆さん、こんにちは
名作バッシュ紹介シリーズ。今日はデニス・ロッドマンでお送りします。
ただ、今回は少し趣向を変えて、世界情勢という僕に全く似合わないネタをぶち込んでいきたいと思います。

ワールドカップが始まり、世間ではサッカーフィーバーが巻き起こっていますが、その少し前にセンセーショナルな出来事がありました。

そうです、史上初の米朝首脳会談です。
6月12日、シンガポールで開かれましたね。
会談の内容ですが、僕の足りない頭では核をどうにかしなさい。くらいだと思っています。
突っ込まれると困るので割愛。

そんな中、11日深夜、公式に招待されているわけでもないのにシンガポールに乗り込んだ。
その男こそ今回の主役、デニス・ロッドマン!

「ドナルド・トランプと金正恩元帥という2人の友人のため、必要とされるどんな手助けでもする」
熱い男です。

しかし、招待はされていない。

繰り返します。

招待はされていない。

 

いや、そもそもデニス・ロッドマンって誰?って人もいるかもしれないので、

デニス・ロッドマンってどんな人?

 

 

少年時代をオーク・クリフのプロジェクト(スラムの住人のための公営住宅)で過ごし、バスケットも本格的に始めたのは大学に入ってからでした。
それまでは空港の整備や、万引き、ホームレスなど、今のポジションからは全く想像つかない生活を送っていました。

妹の友人の勧めで、テキサス州のクッキー郡短大に進学し、その後サウスイースタン・オクラホマ州立大学に編入し、大学の2部リーグに相当するNAIAで活躍しました。
1985年と1986年にこのリーグでリバウンド首位になりNBAのチームにも認知されるようになっていきました。

1986年デトロイト・ピストンズへ入団。監督チャック・デイリーに率いられたチーム、バッドボーイズと恐れられたすさまじいディフェンスをビル・レインビアと一緒に率いていました。
若き日のジョーダンの在籍したブルズもプレーオフでは全く勝てなかったほどイースタンカンファレンスでは無敵の存在でした。

1988-89シーズン、ピストンズはリーグ最高の63勝19敗でNBAファイナルに進んで優勝を果たします。
翌シーズンもピストンズは2年連続の優勝を決めました。
またロッドマンはこのシーズンに初めてNBA最優秀守備選手賞に輝きました。
翌シーズンもNBA最優秀守備選手賞を受賞。リーグ最高のディフェンダーとなります。

その後サンアントニオ・スパーズにトレードされます。
デビッド・ロビンソンの負担をリバウンド、ディフェンス面で支え、チームに貢献することが役目でした。
移籍1年目の1993-94年には、リバウンド部門でリーグトップの選手に輝き、デビッド・ロビンソンは得点王に輝きました。
しかし、プレー以外のところで上手くいかず2年後にはブルズへ移籍しました。
マドンナと交際の報道があったのもこの時期です。

そして、いよいよシカゴ・ブルズへトレードされます。
問題児のイメージがあるロッドマンですが、フィル・ジャクソン監督には敬意を持ち、ピストンズ時代に怪我を負わせたスコッティ・ピッペンともちゃんとプレーしているように思います。
試合中に興奮するシーンもありましたが、マイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンになだめられるシーンも多々見られるようになります。
神様と呼ばれるマイケル・ジョーダン、史上最高のオールラウンダースコッティ・ピッペン、そしてリバウンド王ロッドマンの3人は後にBIG3と呼ばれます。
シーズン72勝や3連覇など数々の伝説を残します。

 

「コート上でキャリアの全てをリバウンドやディフェンスに捧げようなどという選手は俺以外にはいない。」
チームメイトのシュート練習を観察し外れる角度やクセを日々研究していたロッドマンは高いバスケットIQを持っていました。
マイケル・ジョーダンに「ロッドマンは私を含む誰よりも早く、トライアングル・オフェンスを理解した。」と言われるくらいに賢い選手だったことが分かります。

 

ロッドマンの履いたバッシュ達

 

Nike Air Revolution

 

リーボックでNBAのキャリアをスタートさせた後、1988年から1989年のシーズンに、アンクルストラップ、インナーブーティー、目に見えるエアクッションを特徴とする超高性能スニーカーAir Revolutionを着用した。

 

Nike Air Darwin

 

1994年にリリース。デニス・ロッドマンに関連した最初のナイキスニーカー。
ロッドマンの名前は冠していないが、もはやシグネチャーモデルのような一足。
何度も復刻され、BarwinやAir Max Darwin 360のようないくつかのハイブリッドモデルを生み出した一足。

 

Nike Air Wayup

 

1995年にリリース。シカゴブルズのメンバーの中でもロッドマンの他にピッペン、ホーレス・グラントが着用したモデル。
マックスエアーを装備し、サイドパネルに「ウィング」デザインを施したAirMax Penny Iの兄弟モデル。

 

Nike Air Worm

 

1996年にデニス・ロッドマンのモデルとして登場。
靴はジッパー・シュラウドとメタル・ヒール・プル・リングでパンクやロック好きの本人をイメージし、厚手のタンク状のゴム製アウトソールとかなり個性的なデザイン。
実際に試合で着用した事はない可哀そうな子。

 

Nike Air Shake NDESTRUKT

 

1996年にNike Air Wayupから切り替えたモデル。
エリック・アヴァーがデザインした。アッパーに大きく入ったナイキスウッシュロゴや足の甲の圧迫を避けて内側に配置したシューレースなどインパクトの強いデザイン。
個人的にロッドマンのイメージが一番強い一足でもある。

 

CONVERSE ALLSTAR ’91

 

1997年のNBAプレーオフでコンバースオールスターとスポンサー契約を結びました。
フルグレインのレザードを特徴とするAll-Star ’91は、ロッドマンが着用したブルズカラーを含むいくつかのバリエーションでリリースされた。

 

CONVERSE ALLSTAR D-Rod High

 

ロッドマンの最終コンバースシグネチャーシューズD-Rod High。
ヒールにはロッドマンの背番号である91番が刺繍されている。
ロサンゼルス・レイカースとダラス・マーベリックスに移籍後も着用していたモデル。

 

CONVERSE ALLSTAR Rodman

 

シカゴブルズの3年目と最終戦で、コンバースのセカンドシグネチャーモデルでシーズンをスタート。
ロッドマンの入れ墨からインスパイアされたこの靴は、コンバースオールスターロゴに、太陽の入れ墨を表現するために縁取られています。また、ロッドマン自身の7つのリバウンドタイトルを表す、7本のラインがアッパーに配置されている。

 

NIKE AIR BAKIN

 

番外編
踵のAirという文字がアラーという文字に読めるクレームがつき、リリースが遅れたり、ロッドマンに履かせる予定だったが、ロッドマンがいきなりコンバースと契約してしまったため、マイアミ・ヒートのティム・ハーダウェイが履いた。なんやかんや可哀そうな一足

 

あとがき

赤頭、リバウンド王、問題児このワードだけでスラムダンクの桜木花道っぽいですよね。

『スラムダンク』新装再編版が刊行、これまでとの違いは?実際に買ってみたはい皆さん、こんにちは 90年代を代表するバスケットボール漫画といえば『SLAM DUNK』(スラムダンク) バスケブームという社会...

しかし、作者は否定しており、いるとすれば、チャールズ・バークレーとのこと。
いや、絶対ロッドマンやろ…とは未だに思っています。

あのカラフルな頭を初めて見たとき小学生くらいの僕は、志茂田景樹のアメリカ版という認識でした。

 

本当に申し訳ございません。

 

という訳で、今回はデニス・ロッドマンでした。

本当は米朝首脳会談の重要なキーマンになると思いきや招待されてないなんて思いもしなかったです。
『ぶっ飛んだ問題児が世界を救う』
ってタイトルまで考えてたのに残念です。

では今回はこの辺で!

それではまた次回をお楽しみに、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

 

RELATED POST

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください