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独断と偏見で選ぶ、かっこいい90年代の名作バッシュ【ドリームチームⅠ】

こんにちは
名作バッシュシリーズ。今回はみんな大好きドリームチームⅠでお送りいたします。
東京オリンピックも近づいてきましたしね。
僕と近い世代だと一番思い入れがあるのが1992年バルセロナ五輪のドリームチームⅠだと思います。
そんなわけで今回は歴代ドリームチームの中で最強ともいわれるドリームチームⅠのバッシュを紹介していきまーす。

 

ドリームチームⅠとは?

 

 

ドリームチームは、1992年夏に開催されたバルセロナオリンピックに出場したバスケットボール男子アメリカ合衆国代表の公式のニックネームである。現役のNBA選手が代表入りした最初のナショナルチームであった。

ESPNはNBA史上屈指のスタープレイヤー達で編成されたこのチームを史上最高のスポーツチームと位置付けた。ネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂は「この世のバスケットボールの才能の最高のコレクション」と評した。オリンピック本選では平均で44得点差を付け、決勝戦ではクロアチアを破って金メダルを獲得した。

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野球で言うと2004年のジャイアンツ打線よりもすごいって感じです。

1.(ニ)仁志敏久 率.289 本28 点60
2.(左)清水隆行 率.308 本16 点60
3.(中)ローズ  率.287 本45 点99
4.(右)高橋由伸 率.317 本30 点79
5.(一)ペタジーニ 率.290 本29 点64
6.(三)小久保裕紀 率.314 本41 点96
7.(捕)阿部慎之助 率.301 本33 点78
8.(遊)二岡智宏 率.269 本9 点49
<控え>
清原和博 率.228 本12 点27
江藤 智 率.227 本4 点15
元木大介 率.240 本2 点13

僕がちゃんと見ていたのはこの辺くらいまでなので、それ以降はさっぱりです。
ドリームチームはこれ以上にヤバイです。

それじゃ選手とバッシュをチャチャッと紹介していきまーす。

 

4 クリスチャン・レイトナー (デューク大学)

クリスチャン・レイトナー(Christian Donald Laettner 1969年8月17日- )はアメリカ合衆国ニューヨーク州アンゴラ出身の元バスケットボール選手。NBAで13年間、6チームに所属、プレイした。1991年、1992年、名将マイク・シャシェフスキーのもとデューク大学で2年連続NCAAチャンピオンになった。またNBA選手が初めて出場可能となったバルセロナオリンピックで唯一アマチュア選手として出場を果たした。

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NIKE AIR FLIGHT HUARACHE

 

 

 

 

5 デビッド・ロビンソン (サンアントニオ・スパーズ)

デビッド・モーリス・ロビンソン(David Maurice Robinson, 1965年8月6日 – )は、アメリカ合衆国の元バスケットボール選手で、1990年代を中心に14年間NBAのサンアントニオ・スパーズでプレイした。身長216センチの長身に似つかわしくない俊敏さと運動能力を持ち、その時代を代表するセンタープレイヤーの一人だった。3度のオリンピックにアメリカ代表として参加、1992年と1996年には金メダルを獲得、1988年には銅メダリストとなった。NBAでは2度の優勝経験を持つ。1996年にはNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」の一人に選ばれ、2009年にはバスケットボール殿堂入りした。アメリカ海軍で士官として軍役に就いていたため、提督(The Admiral)のニックネームでも呼ばれていた。左利き。フロリダ州キー・ウェスト生まれ。

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NIKE AIR BALISTIC FORCE HIGH

 

 

 

6 パトリック・ユーイング (ニューヨーク・ニックス)

パトリック・アロイシャス・ユーイング(Patrick Aloysius Ewing, 1962年8月5日 – )はジャマイカのキングストン出身の元バスケットボール選手。NBAのニューヨーク・ニックスなどで活躍した。ポジションはセンター。

リーグを代表するセンタープレイヤーの一人として現役時代を過ごした。1984年と1992年のオリンピック金メダリスト。1996年にはNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」に選ばれるなど、歴史に名を残す名選手と考えられているが、所属チームの優勝経験がないまま2002年に引退した。2008年に殿堂入り。

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独断と偏見で選ぶ、かっこいい90年代の名作バッシュ【パトリック・ユーイング】ハイ皆さん、こんにちは 名作バッシュ紹介シリーズ。今日はパトリック・ユーイングでお送りします。 司会は私、Shoeremakeの中の...

EWING ECLIPSE

 

 

 

 

7 ラリー・バード (ボストン・セルティックス)

ラリー・ジョー・バード(Larry Joe Bird、1956年12月7日 – )は、プロバスケットボールリーグNBAで活躍したアメリカ合衆国の元バスケットボール選手。1980年代にNBAのボストン・セルティックスを3度の優勝に導いた。得点やパス、リバウンドのセンスに優れ、正確な長距離シュートや試合の先を読む能力に秀でていた。しばしば史上屈指の選手に挙げられ、史上最高のスモールフォワードの一人と考えられている。現役時代には既に「伝説 (Legend)」の異名を与えられていた。

シーズンMVPを3度受賞。1996年にNBA50周年を記念したNBA50周年記念オールタイムチームの1人に選ばれた。1998年に殿堂入り。身長は206センチ、体重は100キロ。引退後はインディアナ・ペイサーズで監督を務めて最優秀監督賞を受賞、NBAファイナルに進出した。現在は同チームの経営コンサルタントを務める。

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CONVERSE U.S. PRO STAR MID

 

 

 

8 スコッティ・ピッペン (シカゴ・ブルズ)

スコッティ・ピッペン(Scottie Pippen、1965年9月25日 – )はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手。1990年代に6度優勝したシカゴ・ブルズの中心選手だった。攻守にわたりバランスの取れたオールラウンダーであり、史上最高のスモールフォワードの一人と考えられている。身長203cm。アーカンソー州ハンブルク出身。

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NIKE AIR FLIGHT LITE II MID

 

 

 

9 マイケル・ジョーダン (シカゴ・ブルズ)

マイケル・ジェフリー・ジョーダン(英語: Michael Jeffrey Jordan, 1963年2月17日 – )は、アメリカ合衆国の元バスケットボール選手。NBAのシカゴ・ブルズ、ワシントン・ウィザーズでプレーした。その実績からバスケットボールの神様とも評される。

15年間の選手生活で得点王10回、年間最多得点11回、平均得点は30.12点でNBA歴代1位、通算得点は32,292点で歴代4位。1990年代にシカゴ・ブルズを6度の優勝に導き、5度のシーズンMVP、6度のNBAファイナルMVP受賞。また、1984年のロサンゼルスオリンピックと、1992年のバルセロナオリンピックにおいてアメリカ代表(ドリームチーム)の一員として2度にわたり金メダルを獲得した。現役時代の背番号23はシカゴ・ブルズ、マイアミ・ヒート、ノースカロライナ大学の永久欠番。1996年、NBA50周年を記念したNBA50周年記念オールタイムチームの一人に選出。2009年にはバスケットボール殿堂入りした。

現役引退後、2010年にシャーロット・ボブキャッツ(現・シャーロット・ホーネッツ)を買収し、現在は実業家として同チームの筆頭オーナーを務めている。

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NIKE AIR JORDAN 7

 

 

 

 

10 クライド・ドレクスラー (ポートランド・トレイルブレイザーズ)

クライド・オースティン・ドレクスラー(Clyde Austin Drexler, 1962年6月22日-)はアメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ出身の元バスケットボール選手。アメリカNBAで活躍し、1998年引退。ポジションは主にシューティングガード。

NBA屈指のダンカーであり、ニックネームは「クライド・ザ・グライド」。グライダーの滑空にもたとえられたスラムダンクはドレクスラーのトレードマークであった。1992年のバルセロナオリンピックバスケットボール代表に選出され、金メダリストとなる。オールNBA1stチームに1回(1992年)、同2ndチームに2回(1988年、1991年)、同3rdチームに2回(1990年、1995年)選出されている。NBA優勝経験1回。1996年には、NBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」の一人に選ばれた。1998年に引退、2004年にバスケットボール殿堂入りを果たした。選手生活の平均得点は20.4点、通算得点は22,195点。身長201cm。

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AVIA BASKETBALL911 MWXR

 

 

 

11 カール・マローン (ユタ・ジャズ)

カール・マローン(Karl Anthony Malone、1963年7月24日-)は、アメリカ合衆国の元バスケットボール選手。長い期間にわたり高いレベルのパフォーマンスを維持した史上屈指のパワー・フォワードだった。歴代第2位の通算得点記録を持つ(36,928得点)。19年間の現役時代のほとんどをNBAのユタ・ジャズでプレイした。1996年にNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」の一人に選ばれている。1997年と1999年にMVP受賞。1992年と1996年にバスケットボール男子米国代表としてオリンピックに出場、金メダルを獲得した。ルイジアナ州サマーフィールド出身。

マローンはメールマン(the Mailman、「郵便配達員」の意)のニックネームでも知られる。これは彼がルイジアナ工科大学でプレイしていた時期に記者がつけたあだ名で、郵便配達員のようにどんな時にも確実にボールをゴールに「配達する」という意味が込められている。

自らのバスケット・シューズモデルも「メイルマン」(LAギア)という名がついている。

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L.A.GEAR TURBO TECH CATAPULT

 

 

 

12 ジョン・ストックトン (ユタ・ジャズ)

ジョン・ヒューストン・ストックトン(John Houston Stockton、1962年3月26日 – )は、アメリカ合衆国のワシントン州スポケーン出身の元バスケットボール選手。1980年代から引退までの19年間をNBAのユタ・ジャズでプレイし、歴代最多のアシスト記録、スティール記録を残した名ポイントガード。NBAでは少数派の白人スター選手だった。1992年と1996年のオリンピックで金メダル獲得。1996年にNBA50周年を記念した「50人の偉大な選手」の一人に選ばれ、2009年9月11日にバスケットボール殿堂入りした。

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NIKE AIR BALISTIC FORCE HIGH

 

 

 

13 クリス・マリン (ゴールデンステート・ウォリアーズ)

クリストファー・ポール・マリン(Christopher Paul Mullin, 1963年7月30日 – )はアメリカ合衆国のニューヨーク市ブルックリン区出身の元バスケットボール選手。ニューヨーク、セント・ジョーンズ大学出身。NBAのゴールデンステート・ウォリアーズで大半を過ごした左利きの名シューター。1984年のロス五輪、1992年のバルセロナ五輪の金メダリスト。ポジションはスモールフォワード。現在は母校のセント・ジョーンズ大学のヘッドコーチを務めている。

2011年には、アメリカ大学バスケットボール殿堂、さらにネイスミス・メモリアル・バスケットボール殿堂に選出された。

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NIKE AIR FLIGHT LITE II MID

 

 

 

14 チャールズ・バークレー (フェニックス・サンズ)

チャールズ・ウェイド・バークレー(Charles Wade Barkley、1963年2月20日 – )はアメリカ合衆国アラバマ州リーズ出身のバスケットボール選手。

NBAで16シーズンプレーした。1992年バルセロナオリンピックと1996年アトランタオリンピックの金メダリスト。2006年にバスケットボール殿堂入り。

「チャールズ・バークリー」と表記されることもある。

NBA史上、(生涯)通算得点20,000P、通算リバウンド数10,000R、通算アシスト数4,000Aを超えた5人の選手の一人。インサイドを完全に支配できた、NBA史上最高のパワーフォワードと謳われている。公称身長198cm(実際は193-195cm程度と自認)ながら、非常に体重(横幅)のある選手であった。その巨体に見合わぬ、高い運動能力と技術を有していた。大変な毒舌家であり、歯に衣着せぬ物言いでも有名。コートの内外にかかわらず、話題に欠けることのない人物。愛称は「空飛ぶ冷蔵庫(小山)」「サー・チャールズ」

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NIKE AIR FORCE 180 LOW

 

 

 

15 マジック・ジョンソン (元 ロサンゼルス・レイカーズ)

アーヴィン・“マジック”・ジョンソン・ジュニア(Earvin “Magic” Johnson Jr.、1959年8月14日 – )は、アメリカ合衆国ミシガン州ランシング出身のプロバスケットボール選手で、実業家。

選手時代にはNBAでポイントガードとしてプレーし、1980年代にロサンゼルス・レイカーズで5回の優勝に貢献する(1980年、1982年、1985年、1987年、1988年)。1991年にHIV感染を理由に引退。1996年にNBA50周年を記念した「歴代の偉大な50人の選手 (NBA50周年記念オールタイムチーム)」に選ばれた。2002年に殿堂入りした。 80年代にラリー・バードやマイケル・ジョーダンらとともにNBAの世界的ブームを牽引したスーパースターであり、そのプレー、実績から史上最高のPG、NBA史上最高のプレイヤーの1人と評される。

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CONVERSE ACCELERATOR MID

 

 

 

 

そうそうたる顔ぶれ…
『ぼくのかんがえたさいきょうのチーム』って感じですよね。
対戦チームとの平均スコア差は脅威の43.8点!!絶対やる気無くすわ。

この12人のうち11人はバスケットボール殿堂入りを果たし、唯一殿堂入りしていないクリスチャン・レイトナーはアメリカ大学バスケットボール殿堂入りを果たしています。
歴代ドリームチームの中でも最強と言われるにふさわしいと思います。

 

あとがき

 

以上、独断と偏見で選ぶ、かっこいい90年代の名作バッシュ【ドリームチームⅠ】でした。

今回紹介したバッシュですが、ナイキの場合は復刻発売もありますし、EWINGも再販の可能性もあります。L.A.GEARも前に海外HPで見たような気がしないでもない…
しかし残念なことにバッシュの製造自体を中止したAVIAと大人の事情で復刻しなそうなコンバースに関しては絶望的だと思います。世知辛いですね。

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次回、1994年世界選手権【ドリームチームⅡ】やりたいと思います。
ドリームチームⅡといえば、シャックにショーン・ケンプ、アロンゾ・モーニングの若手選手!!!
これは書くの楽しみになってきました!

それではまた!!

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